2008年7月21日月曜日

フランダースの犬

劇場版「フランダースの犬」がBS2でやっていました。
懐かしくて、ついつい見てしまいました。
昔見ていたとき、子ども心に「大人たちはなんて意地悪なんだ」「どうしてネロを助けてあげないんだ」と怒ったものです。私はネロを助けてあげられる大人になる!と固く誓いました。
しかし、今改めて見て思いました。ネロの周りの大人たちは、意地悪なのではなく弱いのだと。村の権力者に逆らっては生きていけません。心の中でネロに詫びているんですよね。かわいそうだと思っても、手を差し伸べることができない。置かれている立場に縛られていて・・・。とても弱いのです。
だれか一人でも声を上げることができたら、家に泊めてあげたら、食事をさせてくれたら、ネロは死なずにすみましたよね。
それにひきかえ、子どもたちは純粋です。金持ちも貧乏も関係ありません。ちゃんと人間対人間として本質を見て仲良くしています。そのキレイな心を持ち続けられる社会を、大人が作ってあげなくてはいけないと思いました。
アニメですけど、現代の格差社会と人の心の荒廃を考えさせられました。

そしてラストシーン。
ネロの死んだ教会で、アロアが修道女になっていました。子どもの頃は全く気づきませんでしたが、あの二人の心には小さな恋が芽生えていたんですね。

2 件のコメント:

奏恵 さんのコメント...

フランダースの犬は断片的に覚えているだけなので、ハッキリしないのですが・・・
子供の時に思っていた事と
大人になってから考える事は違うのですね。

すごく深く考えているjunchanさんがすごいなと思いました。
こちらを拝見するまで、あれに出てくる大人はやっぱり「意地悪」と言う印象しかもっていなくて、これからもずっとそう思っていたかも知れません。
自分がもう一度見て、また違った視点もあるのかもしれませんが、私はこちらの内容で考えさせられました、ありがとうございます。

junchan さんのコメント...

奏恵さんへ

アニメを大人になってから見てみると、新しい発見や解釈ができて面白いですよ。
例えば「銀河鉄道999」。
子どもの頃は鉄郎目線ですけど、最近見たら完全にメーテル目線です(笑)