2008年9月14日日曜日

十五夜

お月見はしましたか?
私の所では、満月がとてもキレイに見えています。
月の光というのは、穏やかで優しいですね。月を眺めていると、しっとりと落ち着いた気持ちになります。

月と聞いて思い出すのは「かぐや姫」ですよね。
かぐや姫のことを、美人で高飛車なお姫さまだと思っている人も多いと思いますが、「竹取物語」をよく読むと、そうではないことが分かります。

いよいよ月へ帰らなければいけない時に、姫は帝に歌を詠みます。

今はとて 天の羽衣着るおりぞ 君をあはれと思ひいでける
(今はこれまでと天の羽衣を着るとき、最後に思い浮かぶのは、貴方さまへの懐かしさと心残りでございます。)

頑なに結婚を拒んでいた姫でしたが、心の中では帝を愛していたのです。
月の都の着物(天の羽衣)を着ると、地球での出来事を全て忘れてしまいます。記憶が消去されるわけです。
その羽衣を着る瞬間、姫の心に浮かぶのは帝のことでした。
結婚を拒んだのも、別れたあとの帝のことを思ってのことでしょう。
一緒になって思い出ができれば、自分がいなくなった後、帝はその思い出に悲しく苦しい思いをするはずです。姫自身は全てを忘れてしまえるけれど、帝の心は姫に残ったままになる。
結婚しなかったことが、姫の優しさであり思いやりだったのだと思います。
かぐや姫は、愛しい帝に手紙と不死の薬を残し、月へと帰っていきました。

そして、残された帝はどうしたか。こちらも切ないです。

あふことも なみだにうかぶ我が身には 死なぬ薬も何にかはせむ
(会うことも二度とないゆえに、あふれ出る涙の中に浮かんでいるような私にとって、不死の薬など何の役に立つというのか。)

天に一番近い山はどこか? 帝は不死の薬を一番高い山で燃やさせます。
多くの兵士を率いて(士に富む)山に登ったから。不死の薬を燃やしたから、その山の名を「富士山」といいます。
富士山には、今も不死の薬を燃やした煙が立ち上っています。
平安時代は、富士山も火山活動をしていたのでしょう。

「竹取物語」を読むと、昔の人々の想像力の豊かさに圧倒されます。
SF・アドベンチャー・ラブ・ファンタジーといったところでしょうか。
そして思うのは、時代が変わっても人を想う心は変わらないということです。
愛した人の記憶がなくなるかぐや姫と、いつまでも愛した人を想い忘れられない帝。どちらが幸せで、どちらが不幸せかなんて決められませんね。

今宵の月を眺めながら、愛し合いながらも結ばれることのなかった姫と帝の恋に、想いをはせてみました。

2 件のコメント:

はりねずみ さんのコメント...

ロマンチックですね。
妄想族の私としても相当共感できます(笑)
しのぶ恋の切なさ、愛しい人への想い
ジーンときます。

junchan さんのコメント...

はりねずみさんへ

妄想族ですか!?(笑)
以前テレビで美輪明宏さんが「妄想には恋愛したのと同じパワーがある」と言っていましたよ。
個人的には、結ばれない恋や忍ぶ恋、道ならぬ恋が数々の文学作品と文化を生んだという「石田純一発言」に賛成です。
「不倫は文化」とは言ってないんですよ。かわいそうに^_^;