2008年10月19日日曜日

お墓参り

父の月命日なので、母と二人でお墓参りに出かけました。
父が亡くなったのは2年前。庭の桜がもう少しで咲きそうな春の日でした。

私は父のことがあまり好きではありませんでした。
生意気で冷たい言い方ですが、この人の人生って何だろう?と思っていました。
私の目に映る父は、平凡なサラリーマンとして仕事をし、よく酒を飲み荒れていて、趣味とか夢とかは何もないような、つまらない大人でした。
何が楽しくて生活しているんだろう? ずっと不思議に思っていました。

父の人生を詳しく知ったのは亡くなってからです。
7人兄弟の末っ子で、父親を早くに亡くして貧乏な暮らしをしたといいます。
中学を出て集団就職しようとしていたところ、勉強がよくできたので年の離れた兄が学費を出してくれて高校に進学したそうです。現在も県内で一番の進学校です。(私の学力では入ることができませんでした。)
野球が好きで甲子園を夢見たそうですが、野球部はお金がかかるので入部できなかったそうです。
高校でも優秀な成績で、先生方は大学進学を勧めてくれましたが、そんなお金はありませんでした。学費はもちろん、受験するために上京するお金すら用意できなかったといいます。
それでも大学進学を諦められなかった父は、働きながら夜学に通わせてくれるという工場に就職します。しかし、聞いていた勤務時間・内容と現実は全く違っていて、結局大学には行けませんでした。
地元に戻って就職しようと思っても、片親であることや家が貧乏であることなどを理由に(県内の)一流企業には相手にされなかったそうです。
進学と就職は、本人の希望通りにはなりませんでした。

では、恋愛や結婚はどうか?
恋愛については全く分かりませんが、結婚も幸せなものではなかったように思います。父と母は見合い結婚。周りがお膳立てして、なんとなく結婚することが決まっていったらしいです。二人だけの初めてのデートが新婚旅行だそうです。
やがて私と妹が生まれ4人家族になります。
父と母はよく喧嘩しました。父はお酒を飲んで暴れます。何日も家に帰って来ないこともありました。
幼い私と妹に母は言いました。「お父さんはダメだ。お前たちがいなければ離婚している。」と。
当然、私たちは母の味方をします。家にも父の居場所はなかったのかもしれません。

進学も仕事も結婚も、何一つ良い思いをしていない父。
それでも一つだけ、周りの人に自慢することがあったそうです。
それは私と妹の存在。二人の娘を授かったことをとても幸せだと言っていたのだそうです。
私が地元に戻って教師になったこと、妹が東京で名のある大手企業に就職したことを誇らしげに話していたそうです。

もし父の人生の中で最も輝いているものが私たちだとするなら、私はなんて親不孝な娘だったろうと思いました。
時代や貧乏のせいで思うように生きられなかった父。その不条理にお酒を飲まなければやってられないこともあったのでしょう。
家族を養うために望まない仕事をし、頭を下げたり嫌な思いを我慢したりして働いていたのです。
父が自分を犠牲にして働いてくれたおかげで、私たちは衣食住に困らずに生活し、県外の大学にも行かせてもらえた。だから今の職に就いて好きな仕事をすることができる。
・・・そんな簡単なことが、父が亡くなるまで分からなかった。

生きている間に親孝行はできませんでした。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も直接伝えることができませんでした。
でも、父が天国で「あれがうちの娘だよ!」と自慢できるように、自分の人生をしっかり歩んでいきたいと思います。
私が幸せに生きること。今はそれが一番の親孝行ではないかと思っています。

お墓参りをしながら、そんなことを考えました(^^)

6 件のコメント:

はりねずみ さんのコメント...

両親の手前苦労なさったことも、
きっとおありかと思います。
だけど亡くなってみたら、本当にやりきれないですよね。

仏壇の前やお墓の前にいくと
不思議と素直な気持になることがあります。
もう、直接のコミュニケーションはとれないけど、忘れない限りそこにいると信じています。
きっと、お父さんも見てくれていると思いますよ。
何だか、えらそうなこといってすみません。

つかさ☆ さんのコメント...

こんばんは!つかさです☆

自分も父親とは、見えない壁がありますね。
親父も飲んだりはしないけど、趣味一つなく仕事のみ。
根本的に価値観が違うので、ファッションや音楽なんかをやってる自分を、理解出来ないみたいです。それでも自分がライヴで「Let
It Be」をやった時だけは、「中々良い曲だな」とは、言ってましたけど・・・

妹が亡くなった時も感情の出し方が違うので、随分批判的な事を言われました。自分は我慢してしまうところがあるので・・・

親父は自分の視野に入っている物が全てと言うか、自分が感じている事は世間も一緒ってところもあるので、分かり合えるのは難しいです。

この先親父が亡くなった時、自分の知らなかった何かが分かるのかな?

自分も元気なうちに、ちゃんと語り合う時間を作りたいですね・・・

junchan さんのコメント...

はりねずみさんへ

父が亡くなった後は、本当にやりきれない思いでいっぱいでした。
生きているうちに、もっといろんな話をすればよかったと後悔しています。
なので、今は仏壇に向かって話しかけています。きっと届いてますよね?(^^)

あ、それと、おっぱいの記事は読み逃げしてしまいました(笑)
一応、嫁入り前の乙女?ですから。

junchan さんのコメント...

つかさ☆さんへ

親の子への愛情は「無償の愛」だといいますが、言葉にしたり態度で表したりしてくれないと伝わらないものですね。
自分が親にならなければ理解できないのかも…と思ったりしています。
生まれ育った時代が違うせいか、親の世代との価値観の違いって、ものすごい壁ですよね。
今になって思うことは、「家族」ということに甘えてしまって、一人の人間として分かり合おうとしていなかったのだということです。
今さら後悔しても仕方ないんですけど。

塞翁 さんのコメント...

はじめまして。
塞翁と申します。
3人の子供をもつ親父です。

通りすがりでここにたどりつき、拝読して胸が熱くなりました。

そのことに気付かれたjunchan さんはりっぱだと思います。
良い供養になると思いますよ。

junchan さんのコメント...

塞翁さんへ

コメントありがとうございます!
親の心子知らず。本当に親不孝な娘だったと反省しています。
全然立派などではないですが、そう言っていただけると少し心が軽くなります。

また遊びに来てくださいね(^^)